長野県小諸市。標高およそ700メートルに位置するこの町は、まさに坂の街と呼ぶにふさわしい。そんな地で9年ぶりに挑んだヒルクライムレース。それは、今年5月に開催された「第20回 車坂峠ヒルクライム The Final」。20年の歴史に幕を下ろす、地元開催の最後の大会となった。
新緑萌える5月の爽やかな朝。20年来の相棒、愛車のロードバイクを玄関の自転車ラックから外す。本来、平地を飛ばすためのエアロ仕様なのに、気がつけば山ばかり攻めている。いや、正確に言えば、ここには山しかないのだ。
思えば、東京で暮らしていた頃は平地が好きだった。横浜まで足を伸ばすことに喜びを感じ、奥多摩のちょっとした坂にさえ辟易していた。そんな私が小諸に来て、最初は坂の多さに自転車に乗る気さえ失せた。しかし、時が経つにつれ、不思議なことに坂がないとつまらなくなってしまった。これぞ、ドMの発現か。
白樺湖への初挑戦では、コンビニどころか自販機もない過酷な環境に熱中症寸前。郷土料理「爆弾おやき」を求めて片道70キロを走った挙句、売り切れで空振り。直江津まで足を伸ばしたのに、期待の海鮮丼がイマイチだったことも。こうした経験のひとつひとつが、私を「坂道マニア」に仕立て上げていったのかもしれない。
そして迎えた、5月の爽やかな朝の地元最後のヒルクライムレース。平均勾配8%超という尋常ではない坂。様々な峠を経験してきたが、ここは別格だ。急勾配すぎて下りすら楽しめない険しさ。最近の自転車は進化し、ディスクブレーキや油圧ブレーキなどが当たり前になっているが、私の20年来の愛車は至って単純。下りでは握力が命だ。
ペダルを踏み込むたびに、苦痛が押し寄せる。しかし、この苦しみの中に隠れた快感がある。それは達成後に感じる充実感への期待か、それとも単なる自虐趣味か。難しすぎるとイヤになるが、簡単すぎるとつまらない。この絶妙なバランスが、ヒルクライムの魅力なのだろう。
9年前と比べ、体力の衰えは否めない。しかし、景色の美しさや達成感は、当時と変わらずに心に染み入る。むしろ、年を重ねたからこそ感じられる感動がある。
最後の直線、ゴールが見えてきた。苦しみながらも、最後の一踏みでフィニッシュ。標高2000メートル近くまで上がってきたその場所で、汗ばんだ体に冷たい風が突き抜ける。5月とはいえ、ここは別世界だ。
ふと、この経験が私の仕事であるウェブ制作と重なることに気づく。プロジェクトの開始から納品までの道のりは、まさにヒルクライムのよう。苦しみながらも、クライアントの満足という山頂を目指してペダルを漕ぐ。時には険しい要求という急勾配に遭遇し、時には予期せぬトラブルという落石に見舞われる。しかし、そのすべてを乗り越え、最後にはクライアントと喜びを分かち合える。
ウェブ制作も、ヒルクライムも、結局は自分との戦い。そして、その過程で得られる達成感と成長が、私たちを前に進める原動力となるのだ。
地元の最後のヒルクライムレースは終わってしまったが、私の中での挑戦はまだまだ続く。次はどんな「坂」が待っているだろうか。その期待と不安を胸に、明日もまた、人生という名のコースでペダルを漕ぎ続けよう。