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インターネット社会はナナメに生きろ

2024.04.01
中島嘉一

今年の冬はひどい風邪をひいた。コロナ禍で免疫が弱り気味だったところに、子どもが小学校から色々持ち帰ったのが原因。一番苦しい時は病院にも行けず、とはいえ会社もあるしと回らない頭で考えた結果、「オンライン診療」を試してみた。そしてこれが素晴らしかった。

アクセスできたのはイギリス在住の日本人医師。七転八倒していた丑三つ時に優しくテキパキと対応してくれた。相手はお昼の11時で元気いっぱいなのだ。症状からインフルエンザを疑われ、その対処法を指示された。そして「あさイチで検査薬を手に入れて結果を送ってくれたら処方箋も出せるよ」と言われて安堵した。翌朝には峠を過ぎていたので処方箋はもらわなかったが、真夜中でも迅速に医師が診てくれるという体験に感動した。コロナで弱った体が、コロナで発達したシステムに救われた。

振り返ってみると、オンラインで繋がった医師と私は対等な関係だった。リアルな場では医師と患者は対等な立場ではない。それがオンラインサービスとなると、上下の関係をあまり意識しない。インターネットは平らに広がる世界だ。ルッキズムや社会的地位などのしがらみを乗り越え、新たなつながりを創出する。だから、オンライン掲示板やSNSではリアルに会うことが「オフ会」として特別視される。

その一方で「平ら感」がもたらす負の側面もある。リアルでは雲の上の存在の芸能人に誹謗中傷メッセージを送る人や、他人を装って詐欺や性犯罪をする者が後を絶たない。電気信号は人を区別しないし忖度もしない。人と人を「水平につなぐ」だけだ。

そこまでいかなくても、オンラインのコミュニティでは息が詰まることもある。他人のリア充アピールに辟易したり、少し盛った自分のイメージを保ち続けるのに疲れてくることは普通。水平を求めても、結局は水平では満足せず、ちょっとだけ上に立とうとするのだろう。

人間とはややこしい存在である。ややこしさに付き合っていると消耗する。この際、上下も意識せず、水平も求めない姿勢が重要ではないか。斜に構えるということである。それは、外見や肩書きで人を見ないし、赤の他人に心を開かないということ。ましてやAIの答えにまどわされないこと。孤高を貫くのがナナメに生きる精神である。

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