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メタバースって実は突飛な話じゃない

2022.01.17
篠崎レイ

メタバースという言葉、近頃これでもか!というほど耳にも目にも入ってきますね。その期待値の高まりは、界隈の人間であることを差し引いてもワクワクせざるを得ません。

「メタバースとは?」なんて話は、ぜひ目の前の端末で検索していただければと思いますが、メタバースがもたらす人々への影響のお話をしたいと思います。

メタバースと聞くと、あたかも先進的で前衛的で最先端な(この3つは同意義ですが)世界のように思えます。が、実はそうではないのでは?というのが私の見解です。

もちろん技術の面で考えればそうでしょう。

ただ、注目すべきは技術ではなく「人がそれを必要とする理由」だと考えています。

プロダクト・サービスの誕生は人々が感じる「不」にこそ根源があります。

「不」とは面白いもので、捉え方によって多様に姿を変えますが、少なくとも個人個人の根底にいつでも渦巻いているものです。煩悩とも繋がりが強い。

その「不」があるからこそ、人は進歩を遂げてきたといっても過言ではありません。

不便・不満・不平等・不安・不可思議・・・不のつく言葉は多々ありますが、人間の解決欲求は「不」という名の課題からきており、その「課題」を「解決」する施策として、プロダクトやサービスが生まれてきたのです。

その中で人間が人間らしく抱く、不安・不満のひとつが「承認欲求」だと考えてみましょう。ホモ・サピエンスとして生きる我々はいわゆる「賢い動物」ですが、その賢さが故に、単に仲間と集まるだけではなく、「承認」を得ることができなければ、不安(ストレス)を感じるようになってしまいました。興味深いですね。

その承認を助けるツールは今までいくつも誕生してきましたが、わかりやすい昨今の事例でいうとやはりSNSが挙げられるでしょう。SNSの誕生により、人々はお互いを承認(いいね!)しやすくなりました。

人は繋がりたい生き物です。それは、ホモ・サピエンスの防衛本能です。

繋がっていなければ人は弱く、弱さ=命の危険です。その不具合をうまくSNSは解決できたと言えるでしょう。

それをさらに上手く解決できるのがメタバースなのです。

見た目(かたち)をいくらでも作ることができることは同様ですが、メタバースの場合、そもそもそれが前提と受け入れられています。

土壌の違いですね。

ルッキズムもセクシャリズムも、不透明であることが前提な世界は不透明だからこそ、それらに意味を持たない世界なのです。そこには国籍すらも意味がなく、単純に意思だけで人が人と成り得る世界が広がっていきます。

今まで私たちが楽しんできたSNSは、今までの価値観で組まれてきたものです。

その良し悪しを語るわけではありませんが、メタバースはその解釈の枠を広げるためのツールとなることは間違いありません。ただし、技術的には大きな一歩ですが、人が望む「人との繋がりかた」としては、古来から受け継がれてきた本能の、延長線にあるものと考えたらもっと身近な存在になりそうですよね。

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