今しか書けないと思うので取りあえず書いておきます。
「池田さん、ちょっと社長室に来てくれない?」
ある月曜日の社長からの連絡。なんとなく猫なで声で言われた気がした。不穏な気配が漂わぬでもなかったが、そこまで自分のカンに自信がないので、別に何も考えずに「はーい」と入室した。それは確か9月のある日のこと。
そこにいたのは経営陣3名。何気ない世間話から入り(今思えばこれも不穏な前兆だ)、週末何してたのかという話から「我々はずっと3人で、今のホームページがシックリこない、等身大の自分たちを表現したいんだよなあって話をしてたんだ」という話になった。
この3人は揃って頭が良い。表面的な繕いを嫌い、本質をズバっというのがカッコイイと思ってる。クライアントに対しても同じ。同調圧力とか空気を読むとか、そんな言葉を知らない人たちで「日本人と話している気がしません」と言われるのも褒められてると思っている。う、うん。そこがクライアントから評価されている点なので、やはり誉め言葉なのかもしれない。
で、今のホームページが気に入らない?
「ならいつもの感じでやっちゃえば良いだけでは?」と言ってみると、これが3人とも声を揃えて「できない」。
Pardon?何で?
「自分たちのことはよくわからないんだよ」と、ここでも3人声が揃った。なるほど。これも当社が評価されているところなのか。クライアントも自分たちのことはよくわからないんだ。だから当社のような存在は貴重なんだなあ、とぼんやり思っていると。
「池田さんやって」
はい?Pardon??(2回目)
何のこっちゃ?
言っておくが私の本業はマーケター。広告やら制作やらの仕事は大好きで、普段は新規獲得のための提案サポート業務をしているが、ホームページ制作の進行管理なんて、二桁年前の経験しかない(シックスアパート全盛期の時代だ)。言うまでもないが、この世界はたった1年での技術面での進歩はすさまじく、提案書書きは出来てもサイト制作進行管理など、ネコに洗濯を頼むのに等しい無茶ぶりだ。
とはいえ。だ。
この3人はホームページ制作のプロである。技術面でも最新スキルを持っているので、そこで無理難題は言わないであろう。かつアイデアも豊富だ。ただ困っているのは、はじめの一歩だけ。とすれば、最初の道筋だけついたらあとは自走するかもしれない。
そんな気がしないでもないし、何といっても断れる環境ではないので取りあえず受けてみることにした(そしてこの「技術面で明るい&アイデア豊富」という点がどんなに厄介かということを、この時の私は全く気が付かなかった)。
まずは方向性。
方向性を決めるだけで、約10回の議事を重ねた。
我々は何を提供する場なんだろう?
どんな立ち位置で、どんな手法で、それを達成するんだろう?
じゃあそれをどう表現する?
じゃあサイトでどんな有機反応がでたらハッピーなの?
話は小室真子さん論から氷川きよし、映画、そして哲学、仏教学、宇宙の超新星誕生まで、多岐に及んだ。
その中で出てきたのは、
「我々は人が好きであり、企業が好きであり、そこに強すぎる好奇心があり、それを語らずにはおれない」ということ。
そして「デジタルの世界がそれを自由にしてくれる。全てを対等に、シームレスに表現させてくれる」という、武器としてのネット世界への信頼感が絶対的にあるということ。
そしてそして、全ての取り組みは主体的であること。他人軸でなく自分軸で行動するのが我々である、と(それは後々「不親切」で「めんどくさ」くて「細部に神が宿る」ことを追求する、という言葉に昇華する)。
この、「本質を追求しネットでそれを表現することで世界を水平に切り開くのだ!何故ってやりたいから!!」というある意味商業主義とはかけ離れた価値観が、コスパ・テクノロジーズの真髄なのだ!という結論に至った。良かった。至ってくれた。
そしてここからが本番だ。
この価値観をどうホームページで表現するか。
デザイナーへのオリエンでは、親愛なるデザイナーさんの顔がハニワになっていることに気が付いた。何しろオーダーが
・「不親切で」「めんどくさくて」「細部に神が宿る」サイトにしたい。
・ビジュアルイメージはない。
・参考サイトもない。まずは自分で考えて欲しい。
だ。ひどい。ひどすぎる。こんなんでデザイン案を出してくれるコスパのデザイナーさんは超優秀だ(いや、私と同じで断れない空気が醸し出されていたのか?)。さぞかし最初の提案は怖かっただろうが、仕上がったデザインにほぼ全員笑顔になり、ほぼ一発OKで細部を詰めるに至った。
そしてコーディング。
が、残念ながらここからが本番だった。
何しろ「不親切」で「面倒くさ」くて「細部に神が宿る」サイトを目指している。アニメーションのタイミングが0コンマ1秒気持ちよくない場合も全員から指摘が入る。勤勉なコーダーが丁寧にわかりやすくユーザーを誘導しようという動きも「それ、親切にしちゃってない?」とダメ出しが入る(親切=ダメ)。URLの文字列ひとつから議論の対象だ。文字の大きさ、動き、線の太さ、全てに指摘が入る。そのくせ肝心のコンテンツは「テキストなんてあとでどうにでもなる」ことを知っているのでなかなか仕上がらない。そう、そうなのだ。技術面でイロイロ知っているからこそ面倒なのだ、この人達は。
かつ、アイデア豊富で、ひとつひとつのコンテンツの意味を問う(え?このタイミングで??)。このホームページに画像がほぼないのはそのためだ。「事例なんて意味ないって記事書いたんだから貫こう」と、直前にWORKS内の事例イメージ画像もすべて削除された。嗚呼、せっかく面白い事例がたくさんあるのに!「頭になぜ林檎を乗せるのか」なんて記事を書いた人も、フォトを意地でも載せないと突っぱねる。林檎を頭に乗せるフォトなしに、読んでる人は「?」にならないだろうか。メンバーの中にはうっかり改心(?)して少し親切なサイトにしようと試みた人もいたが、秒で察知した他メンバーから怒られていた。コーダーも「今携わっている中で一番面倒くさいサイト」だと公言していた。ジャーナル記事を除いたらたかが20ページ程度のサイトが、である。
そんなこんなで、ようやく仕上がった。
「不親切」で「面倒くさ」くて「細部に神が宿る」サイト。
いや、しかし実はこれからが本番なのだろうという気配がウッスラ醸し出されている(お陰で少し自分のカンに自信がついた)。途中、この3人の1人が「何だかこのサイト、サクラダファミリアみたいになってきたー」と他人事のように言っていた。いや、違う。本家本元のサクラダファミリアは一応完成したとの話を聞いている。このサイトは、ローンチした今も、絶対完成してない。そしてきっと「細部」のマイナーチェンジをひたすら続けるのであろう。つまり、です。このサイトに関わっている以上、サクラダファミリア制作関係者と同じくながーーーーいプロジェクトに足を突っ込んでいることになるのです。
私が死ぬのとこのサイトが完成するのとどっちが早いかな。だから私、コスパ・テクノロジーズを辞めるのは死ぬときとなるような気がしているのです。