萩焼にハマっている。
山口在住者としてたまたま手に取ったのがきっかけだが、いちばん大きな衝撃を受けたのは滑らかさである。土を練って作る陶器、石をベースにした磁器とは違って、萩焼には独特の温かみと滑らかさがある。釉薬のツルッとした感じに土の湿っぽい質感。肌にあたると心地良さを感じる。上り窯でじっくり低温度で焼くので、柔らかに焼き上がることも特徴である。艶やかな肌ざわりにほんのりとした湿気…そうだ、これは泥団子だ。
小学生の頃、過去最高の団子を目指し、授業の合間を縫って土を捏ねていた。サラサラの粉だけだと強度が保たれないから、中心部は真砂土の方が望ましい。サラサラの砂を優しくまぶして振り落とし、粒子の細かいコーティングを施せば、黒く光る団子が完成する。手でこねるので湿度・温度が自然に保たれる。しかし微小な小石が少しでも混ざると亀裂が入る。絶妙なバランスが、泥というカオスから小さな宇宙ーコスモスを生み出す。
萩焼のマグカップは、まるで吸い付くような曲線が手にフィットするだけでなく、口当たりも優しさに溢れている。窯元によっては「ゆっくりみられるなら一杯どうですか」とコーヒーを淹れてくれる。日常使いの中でこそ価値がよりわかるからだ。
そんな陶磁器の中で今精鋭たるポジションに君臨するのが波佐見焼である。元々は有田焼の下請け産業だったが、「波佐見焼」と名乗ってから徐々にブランドを確立していった。Apple ロゴの入った波佐見焼がクパチーノ本社でだけで買えることもコアなファンの間で話題となっている。
波佐見焼、若者集う町に成長 ブランド確立で脱下請け
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC2350U0T20C23A6000000/
陶磁器といえばスティーブ・ジョブズにも逸話がある。禅や絵画など、日本文化の美意識に着目していたジョブズも、越中瀬戸焼に目がなかった。土を間違えると何もかもうまくいかない。ジョブズは目の前の壺を食い入るように眺めて「この土はどこで買えるのか?」「どうやって土を見つけるんだ?」「土は山のどの辺でとれるんだ?」と問うたという。
スティーブ・ジョブズの壺(つぼ)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220519/k10013632841000.html
萩焼を通じて陶磁器の魅力を知った今、Apple製品に流れる思想・哲学をより理解できる。Macbookの天板と底面とでアルミの種類を変えるなどの「狂気」は、部位によって釉薬を絶妙に変える陶芸のエートスからすれば当たり前の所作なのだ。アルミの削り出しによって構成された継ぎ目なき筐体の美しさにも、陶磁器に通ずるものがある。だからAppleの製品も手触りがいい。
Web制作も同様である。「数字とコードでできている」と思うなかれ、しっくりくる手触り感が大事なのである。深掘りするのが難しいからといって、安易な美辞麗句や流行りのデザインに逃げてはいけない。作り手のこだわりを「これでもか」と意匠に込めることで、ファンは誕生する。
「ハサミ焼きって知ってる?」と友人に問うたら、「あのレンコンとかピーマンとかに肉を挟んで焼く料理?」と返ってきた。ブランディングは一日にして成らず。