いやもう、すごい時代だ。Web3.0、NFT、DAO、メタバース・・・面白いこと、すなわち学ぶべきことがありすぎて、この3連休まったく脳が休まらなかった。
面白いことがあると記憶に残る夢を見がちなのだけれど、2022年に入ってからはその傾向が著しい。備忘録として記述しておくと、2022/2/12に朝風呂を嗜みながら湯煎で眠っていたところ、興味深い夢を見た。ざっくり言えば、弊社におけるメタバースの展開において夢を見ていたのだが、あと少し・・・今そこで答えが見える!と思った瞬間、リビングから「ガチャン!」と音がして目が覚めた。どうやら息子が皿を割ってしまったようだった。割れた皿は私のお気に入り、波佐見焼のカレー皿であった。いつぞや、2枚セットで買ったのだ。よりにもよってなんでそれ?と思いつつ、茫然自失としている息子に怪我がないことを確認しながら、頭は先ほどの「夢の中の答え」に対して、ちくしょう、あと少しだったのに・・・と心奪われていた。ちくしょう。
もう、疲れるのだ。頭がとても疲れる。興味深いことがあると本当に疲れる。楽しいからできるだけで、疲れるもんは疲れる。だからこそ、もうむしろ、昔とった杵柄の話がしたくなる。
長い前提を経て、やっと表題の話になるのですが。
私はSEO大好き!Webコンテンツ大好き!と、言い続けてきたし、それは今でも嘘ではないのだけれど、ここ最近懐疑的なのがコンテンツマーケティングの在り方だ。
コンテンツマーケティングの重要性はこれまでずっと話をしてきた。意味のあるものを出しましょう。有益なものを出していきましょう。それはいつかSEO対策にも繋がっていきます・・・!そんな話をしてきた。
もうね、それ嘘じゃない?嘘ではないが、テクニック以前の話じゃない?と思い始めている。なぜなら「コンテンツ」がしっかりと自立・自走するためには、もう今更口に出すもの恥ずかしいのだけど「本質」が必要なのだ。
弊社のWeb制作現場において「コンテンツ」の作り方は議論の的となる。クライアントも皆様、本気である。私たちコスパ・テクノロジーズも”制作会社”として、本気で企画を立て向き合っていく。「本質」を生み出すにあたって、まさに理想的な構図だ。
けれど、ここに少しでも「他人事」が入り込むと、途端に「本質」の輪郭がブレていく。他人事、と表したけれど「自分ごとじゃない」に言い換えてもいい。自分のことじゃない、当事者じゃないと少しでも思ってしまえば、それは本質には辿り着かない。
世の中本質ばかりではない。本質だけが求められているわけではないかもしれない。だけれどせめて、自分たちが作れる、ほんの少しの物くらい本質であってくれと願ってもよいんじゃないのかしら。盲目的でも良いから、自分ごとにしちゃった方が楽しいのではないだろうか。
物事の本質を作るのは、第一人者じゃなくでもできる。経営者じゃなくてもできる。自分事とし、最後まで完遂できるなら誰だって、できる。
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楽しいことも、時にちょっと疲れる。そっと横に置いておきたくなる。けれど完遂する。全てにおいて自分ごとだ。
前略コンテンツマーケティング様、
あなたをオワコンなんかにさせないぞ。