私の左手を握るやいなや、先生は話し始めた。
「守護霊さんは、鎧と兜を着ている。いつの時代の人だろう…ヨーロッパ、いやもう少し東の方の人かな・・・ビザンチン帝国なのかなぁ…。」
3月、占いに行った。左手を握ると、私の「守護霊」にアクセスでき、守護霊の助言を聞けるという。
私は、娘の進路で迷っていた。
良かれと思って小学校受験をしたが、合格校が肌に合わない気がして不安になり、迷いすぎて訳がわからなくなっていた。
人は迷うと誰かに助言を求めたくなる。
決められない自分を責め、タイムリミットに焦り、神仏に答えを問う。
パワースポットとされる神社で手を合わせて拝んだが、神様は何も答えない。
自分の心に問いかけても、ヒラメキは降りてこなかった。
ならば、誰か答えてくれ。私の話を聞いて、客観的な助言をくれ。
もしも助言が違うと思えば、私の心は違う方を選ぶだろうから、ただきっかけになればいい。
そんな時、コスパの同僚に紹介してもらったのがこの占いだった。
場所は山手線沿線の駅から5分程度のアパート。
なかなかいい立地だ。儲かっているのだろうか…そう思いながら部屋に迎えられた。
「それで、今あなたはどうしたいと思っているの?」
先生は開口一番、私に聞いた。
内心、『それを言い当ててこその占いでは…』と思ったが、答えた。
「合格校はやめて横浜の小さなインターナショナルスクールに通わせようかと思っています。」
「わかりました。では、守護霊さんに聞いてみましょう!」
正解なんて、占いでは出ないと元からわかっていた。
それでも考え疲れ果ててここにきたのだ。胡散臭さは承知だ。
そしてこの奇想天外な守護霊さんとの対話を、面白がり始めている自分もいた。
先生は、手を握ると、答えた。
「その私立の学校は合わないと守護霊さんが言っています。」
「どうしてですか?」
「その学校の保護者は、あなたとは気が合わないと話しています。その学校がある場所も、あなたには合いません。私のお客さんにも、その近くの方が時々いますが、あそこらへんややめた方がよいですよ。」
「え、あんなニッチな場所をご存知なんですか?」
「はい、全国いろんな所から相談を受けているので。」
守護霊さんの意見なのか、先生の意見なのかわからない助言が返ってきた。
「やめましょう。横浜のインターナショナルスクールにしましょう。その方がいいんじゃない?あんな場所には引っ越さない方がよいわよ。実はその学校の保護者がここに相談にきたこともあるわよ。広尾に住んでいて結構セレブなのに、周りはもっとお金持ちと悩んでいて。」
「え、広尾に住んでいるのに?」
だんだん世間話のようになってきた。
占い師の元には本当に色んな人が相談に来ていて、その経験値を交えながら話をしてるようだった。
人生は決断の連続だ。
時に、難しい判断を強いられる。
自分のことなら決めやすくても、子供のことになると悩みすぎてしまうというのも親心。
自分では決められない時、女性という生き物は占いを頼りがちだ。
思えば、行く前から答えはある程度決まっていて、それを後押ししてくれる存在を求めて、辿り着いた気もする。
結局、守護霊というより、先生の意見で答えはまとめられた。
その答えを、受け入れるか受け入れないかは私の自由。
先生は鎧図鑑を取り出し、アヴァール人のイラストを見せてくれた。5-9世紀に中央〜東ヨーロッパにいた騎馬民族と書かれている。守護霊さんはアヴァール人によく似た鎧を着ているらしい。
こんなことでもなきゃアヴァール人なんて知ることもなかった。なぜ私の守護霊に…。
あまりにもへんてこりん過ぎて、この状況を楽しんでいる自分もいた。
もはやエンタメ感覚だ。
悩みで霧がかかったような数カ月を過ごしていた私にとって、この面白さは新鮮だった。
この春、娘はインターナショナルスクールに進学した。
義務教育違反な上に、バイリンガルに必ずなれるという保証はない。
それでも、なんとなく、この学校を選んでしまった。
占いはあてにならない。占いのせいにするつもりはないし、この決断が正解だったかはまだ全くわからない。
けれど、どうせ占いを頼るほど不確実だった選択なのだから、結局どちらを選んでもそんなに結果は変わらなかったような気もしている。
娘は毎日学校が楽しいと言っている。
私自身も、癖の強い保護者たちとの交流が思いのほか面白い。
鎧兜を着た守護霊さんの登場に、悩み続けていた心が和み、ついこの道を選んでしまった。
面白半分で選んだからには、この先予想外のことが起きても、面白がって生きていけたらよいと思う。
人生はいつも正解を選べるとは限らないが、間違えたと思ったら後から軌道修正できるし、どんな経験も面白がることさえできたら、人生の糧になる。
ごめんよ、娘・・・変な親で。