クリエイティブの仕事をするようになって最初に教わったこと、それは「まずターゲットを考える」だ。
どんな人とコミュニケーションをするのか?
男性か女性か?
年代は?
その人は何を考えているのか?
どこに住んでいて、どんな仕事をしているのか?
クライアントとはいつどんな接点があるのか?
結果、どんなコミュニケーションが望ましいのか?
5W2Hに則り、デモグラフィックだのサイコグラフィックだのをフレームワークとしながら、あーでもないこーでもないとペルソナを考え、コミュニケーションを設計してきた。しかし、それで行き詰ることも多い。それでも最初のとっかかりとしてターゲットを考えることはアリかなあと、なんとなくこの方法でやってきて、今ココ。
ところが、あるクライアントのキックオフミーティングで「まずターゲットを考えない」ということの価値に気が付かされた。
それはターゲットが大きく二分されるクライアント。高級商材を扱っており、既往顧客は「理解とお金のある」層。しかし、クライアントがアプローチしたいのは「理解とお金のない」層。そこに向けた啓蒙活動に力を入れているのだという。
この2つターゲットを考えるならば、Webサイトも2つとなり、それぞれ全く異なったモノとなる。後者向けには、敷居の低さや親近感、寄り添う姿勢のサイトとなる。初心者用コンテンツやガイドなどを用意し、専門用語を使わず平易な表現に留める。
どちらの方向が正解なのだろうと一同考える中、副社長が発言した。
「どっちも考えなくていいんじゃない?」
一瞬私の中の学級委員長が「ターゲットを考えないなんて考えられない!」と反発したが、その0.1秒後に自問自答した。
「いや待てよ、今までターゲットを考えることの費用対効果は良かったか?」
答えは否である。
「クライアントがどれだけこの商材を愛しているか、楽しく取り組んでいるか、商材に人生を投影しているかが伝われば、ターゲットなんてもはや関係ない」と副社長は言う。閲覧者の属性やライフスタイルに振り回されるな、と。
確かに…。私はヤクザではないが北野監督の『アウトレイジ』は名作だと思うし、仮設住宅に住んだことはないが『季節のない街』には涙する(クドカンバージョン)。人の精一杯の生き様や業からは、自身の体験や境遇を超えて普遍的な何かが伝わってくる。心が揺さぶられる。人の心を動かすのは、相手により変えるコミュニケーションではない。自分自身を探究し、表現することではないだろうか。心が動けば行動が始まる。他者の主体的な一歩を促すのは自分の心の動きに他ならない。
と、ここまで考えて、ふと我が子が通っていた幼稚園のモンテッソーリ教育を思い出した。少し変わった教育である。モンテッソーリ教育では、「お仕事」と呼ばれる単独行動が園での時間の大半を占める。園児同士で遊ぶ時間は少ない。外で遊ぶ時間も少ない。親としては「多感な時期、一日の大半を『お仕事』に費やして本当に良いの?」なんて気になってしまう。
マリア・モンテッソーリは言う。「自分と向き合う時間が自分を育て、それが全ての土台となる」と。モンテッソーリ教育では、「お仕事」という一人の時間を通じて、自分の嗜好や行動基準、快不快と好奇心の方向性を自身で見つける。他人軸ではなく自分軸の構築が豊かな人生を送るうえで必要という考え方なのだ。
実際、この園で育った7歳の息子は本当に自由。自分軸で動く子だ。友達がひとりもいない小学校に入学しても全く気後れしない。休み時間が楽しく、ひとりロボットの絵を描いている。そんな時は、仲の良いお友達が別の子と楽しそうにしてても気にならない。知らないゲームで盛り上がる輪には知らん顔。あくまで自分は自分、他人は他人。ストレスフリー。そんな息子の周りには友達がひっきりなしに寄ってきていて、いつの間にか輪の中心にいる。相手の顔色を見ない、自分をしっかり持っていて楽しそうな様子は周りを引き付けるのだ。
WEBサイトもそうかもしれない。相手の様子を伺い、相手によりコミュニケーションを変えるよりも、まずは自身の生き方を提示する。自身の生き様を、何を考えてどう行動し何を目指すのかをまっすぐに伝える。そういうサイトは見ていて清々しいし魅力的だ。こちらまで楽しくなる。同じ価値観を持っているかの判断もしやすい。たとえ同じ価値観でないとしても、リスペクトする心が生まれる。非常に合理的だ。
「まずはターゲットを考えない」こと。思いやりに溢れた日本人には難問かもしれない。そして「徹底的に自分を追究すること」にも馴染みがないかもしれない。だが、幸せなコミュニケーションの第一歩かもしれないのだ。自由すぎる息子を見ながら、ぼんやりとそんなことを考える春の入学シーズンである。
追記:息子卒園の幼稚園、今新入生募集中。1歳半から6歳までの多感な時期のモンテッソーリ教育が気になった方はお問い合わせくださいませ。
https://montessori.jp/