生まれたころの記憶は全くなくとも、人生が動き始めたころのことは鮮明に覚えている。「スラムダンク」との出会いだ。最終巻は今や伝説。ほぼ文字が登場しないこの一冊を思い出すだけで胸が熱くなり、今でも涙ぐむ。ただただ高校生がバスケをしているだけのストーリーに、中学生の私は思いっきり心を鷲掴みにされた。そして漫画家を志した。
もうひとつ、私の人生に大きな影響を与えた作品は「AKIRA」。こちらは圧倒的なデッサン力に魅了された。精緻という言葉だけでは片付けられない。神は細部に宿る、という言葉がこれほど当てはまる作品はない。ただ眺めているだけであっという間に時間も流れる。なんというパワーなのだろう。それまでストーリーこそマンガの真髄だと思っていた私の頭を砕いた。自ずと手が動いた。そこからただひたすら画力の向上に努める日々となった。
マンガに助けられたこともある。修学旅行先の韓国で現地高校生と話さなければならなかった時のこと。苦行かと思っていたら、先方が「スラムダンク知ってる？」と尋ねてきた。そこから一気に話が盛り上がり、かけがえのない時間となった。マンガに国境や紛争など関係ない。歴史や宗教や地理などを超え、心を動かす。たかが紙とペンで作ったものが、決して仲が良いとは言えない国同士の、心と心をつないだ。
それだけではない。マンガには人生を変える力すらある。マンガはプリミティブなツールで制作されるのに、莫大な制作費用がかかる映画と同レベルの表現力を持ち、人に勇気と感動と行動力を与える。サッカーアルゼンチン打表のレジェンド、リオネル・メッシがキャプテン翼に憧れてサッカーを始めたのも有名な話だ。私はマンガが持つ力を信じた。

私は漫画家ではなく広告会社のグラフィックデザイナーとなった。そして、マンガから学んだことがデザイナーの仕事に100%活きている。

ひとつは「綺麗なものをよしとしない」ということ。私がマンガで描きたかったものは「本質」。物語をハッピーなエンドにしてしまうことに嘘を感じてしまうのだ。

例えば、ブラッドピット出演の「セブン」。刑事が猟奇殺人の犯人を追い詰め、最後は犯人が死ぬという場面は刑事の勝利を意味しない。むしろ圧倒的敗北。表面的な解釈へのアンチテーゼであり、深層、本質の追求だ。人にはダメな部分があって当たり前、そこから学ぶことが大きい。大金持ちだが孤独、ヒーローなのに振られる、などのギャップにこそ真実と学びがあり、本質に近い。マンガでもこのギャップが私の作品の特徴だった。だから広告においても、ただ綺麗なだけの、予定調和的なクリエイティブを良しとしない。駄目なところがあってこその人間味であり、その人間味が人を動かすことを知っているから、とことんクライアントを観察し、多角的な視点で創る。もちろん背景まで気を抜かない。これが一番人の心を動かす。

そしてふたつめ。主人公の魅力をとことん追求することだ。広告で言えば主人公とはクライアント。クライアントの魅力を知り尽くせば、自ずと道は開ける。勝手に手が動くようになる。主人公が勝手に動き出す。主人公の個性を際立たせることができれば、あとはストーリーも絵も勝手についてくる。主人公の人となりを深く理解することが、仕事のほとんどを占める。

最後に、主人公が自分と一体であることを意識することだ。全ては自分に起因する。とことん追求した主人公の魅力も、必ず自分の経験と知識で再構築される。今作っているものは、20代前半の頃の私には作れない。その意味で主人公は、クライアントでもあるが、今の私自身でもある。漫画家もクリエーターも20代中心だと思うが、むしろ70代の漫画家、クリエーターが作る作品を見てみたい。もちろん30代も40代も50代も、その時にしか描けない作品が必ずある。私が「全ての人生にマンガのエネルギーを」と思う所以である。

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追記

工藤が「今読むべきおススメマンガ」３選

「チェンソーマン」

この作品には嫉妬しか抱かない。私が描きたかったことすべてが詰まっている。表面的にはギャグ要素もありコミカルな部分も多いが、本質はもう完全なR指定。これほど読み手の経験と知識で深みが変わる作品はないと思う。全年代にお勧め。

「進撃の巨人」

ベタだがやはり凄いものは凄い。フィナーレの伏線回収はまさに芸術の域。次々と解き明かされる内容に快感を禁じ得ない。

「推しの子」

今一番ノッている作品。転生×アイドル×サスペンスという異色もので、リアル世界をここまでえぐるのが秀逸だ。主人公は子供ながら、中身は頭脳明晰な大人。その設定が表現を自由にしている。ただしまだ連載中。完結して初めて作品の真価が問われるので、これからの展開に注目である。