B2B視点から見た日中の繊維産業①、東南アジアへの産地移動は共同作業。
中国の衣料輸出は減少している。労働コストの上昇が理由だ。肌着やカットソー、寝装品に強い山東省・青島市の最低賃金は、初めて発表した1990年代半ばは170元(月間)だった。それが2010年920元となり、2018年は1910元である。四半世紀で10倍になった。今は最低賃金では人が集まらない。片や日本ではデフレ基調が続き、製品価格を挙げることはできない。東南アジアへの産地移動は、必然だった。
中国の衣料輸出
「2014-2019中国服装行業総体出口(輸出)状況」という資料によると、中国の衣料品輸出は、
2014年-1857億8000万ドル
2015年-1720億8400万ドル 7.37%減
2016年-1597億3200万ドル 7.18%減
2017年-1588億8700万ドル 0.53%減
2018年-1578億1200万ドル 0.68%減
2019年は1~5月まで514億2900万ドル7.28%減である。2015~16年に大きく落とし、2017~18年は小康状態、2019年前半はまた大きく落ちているが、単価の高い冬物で挽回するかも知れない。しかしマイナス幅を多少縮小する程度だろう。5年間の減少率は15.1%である。
日本の衣料輸入
次に日本の中国からの衣料輸入データを見ていこう。
2014年 2兆7937億円
2015年 2兆8022億円 0.3%増
2016年 2兆3712億円 15.4%減
2017年 2兆4315億円 2.5%増
2018年 2兆4469億円 0.6%増
となっていて2016年に大きく下げた後は、安定している。5年間の減少率は12.4%である。全衣料の輸入に占める中国のシェアも一貫して下がっている。
2014年…68.2%、2015年…65.3%。2016年…62.6%、2017年…61.7%、2018年…58.5%
と5年間で10%下降した。
中国の繊維産業、日本の貢献大
中国の輸出に占める日本のシェアは10%でEU、米国に次ぐ第3位、日本の輸入に占める中国のシェアは58.5%で圧倒的な1位、という関係である。
10%と聞けば、日本は大したマーケットではない、と思われるかも知れないが、そうでもない。日本は1990年以降、投資や技術指導を通じて、中国繊維産業の輸出産業化に多大な貢献をしているからだ。これは製品の縫製指導だけでなく、紡績、紡織、染色、加工などの原料部門も含む。むしろ産業基盤は原料部門の方が厚く、日本技術者の役割は大きかった。
工場にとって、日本向け輸出の実績は、欧米向けオーダーを取り込む、セールスポイントともなった。日本はここでもアシストしていたのである。
欧米のバイヤーは、発注をするだけのことが多い。彼らの関心は、ISO(国際標準化機構)9000、14000の認証や、工場の法令例順守など、コンプライアンスに向いている。
東南アジアへ産地移動は計画的
日本と中国の信頼関係は今も継続し、協力して東南アジア進出を進めているのだ。今は中国製原料を送って東南アジアで縫製するパターンだ。日本側がオーダーを保証(口約束だが)することで、東南アジアへの進出を促した。
こうして中国は、最終製品の輸出国から、原料の輸出国に変わりつつある。これは、かつて日本、韓国もたどった、いわば正常進化の道筋だ。繊維産業全体として、スケールダウンしたわけではない。例えばユニクロの主要原料供給会社46社のうち、半分以上25社は中国企業である。
また中国では、経済政策に強い権限を持つ発展改革委員会が、友好国カンボジアへの進出を後押ししている。税制上、手続き上の便宜を得られる。
繊維産業の東南アジアへ移転は、日中間で前もって計画的に協力して押し進めてきた。米中貿易戦争の余波であわてているわけではない。
繊維は付加価値の小さい産業であるがゆえに、最適(最廉価)な工場立地を求めて彷徨うしかない。産地情報には敏感で、未知の世界へ飛びこむ行動力もある。次は今直面している問題について、見ていこう。