中国版「宅配クライシス」今何が起きている?
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中国でも今「宅配クライシス」が
ネット通販の市場拡大に宅配便業界の能力が追いつかないという危機は、近年しばしば指摘されてきていましたが、日本でもヤマト運輸がアマゾン側に対する値上げ交渉に入ることが報じられ、「宅配クライシス」がホットな話題になっています。実は中国も今「宅配クライシス」に直面しています。中国で今起きている「宅配クライシス」を解説していきましょう。
春節明けからECの物流が機能不全
統計によると、中国の2016年の物流総額は前年比6.1%増の229.7兆元であったのに対し、Eコマースで利用される「事業所および住民物品物流総額」は前年度比42.8%増と高い伸びを示しています。2016年の11月11日の「独身の日」セールのときにも、2017年の春節前のセールのときにも中国の物流体制の問題点が中国のテレビで特集番組として報道されたり、SNS上で話題になりました。春節の連休(1月27日~2月2日の7日間)が明けた後から、さらに深刻な問題が浮上してきています。中国の都市部で宅配業に従事する人たちの90%は農村出身の労働者だと言われています。彼らが春節の休暇でいったん帰省し、休暇が明けたらまた戻ってくるはずだと思われていたのが、休暇が明けても現場に戻って来ないために、一挙に人手不足に陥って倉庫や配送拠点がパンク状態になっているというのです。上海のある配送拠点では、春節が明けて20日経つのに、10人いたスタッフのうち戻ってきたのはわずか3人、新たに2人採用したけれどもすぐには戦力にはならず、配達しきれない荷物は貯まる一方で、その結果クレーム件数が増えてしまい、さらにそのクレーム対応に追われてしまうという悪循環に陥ったそうです。
豊作貧乏状態は中国も同じ
ECの急速な発展で、中国の物流業界の業績も配送スタッフの給与も右肩上がりかというと、そうでもありません。中国の大手宅配便企業はいずれもフランチャイズ展開によって成長戦略を進めています。多くの配送拠点が大手宅配便企業の直営ではなく、一種の業務協力関係の加盟店によって運営されています。多くの配送スタッフはこの加盟店で働いていて、直接大手宅配企業とは契約関係はありません。直営のスタッフであれば正規の福利厚生(養老、失業、医療、傷害などの保険と住宅積立金)があるのですが、加盟店に所属する多くの配送スタッフにはそのようなものはありません。宅配便企業間の価格競争のために荷物の配送単価は下がり続け、加盟店もスタッフの福利厚生費を削ってそこから利益を搾り出す構造が生み出されてきました。宅配スタッフの多くの人たちの意識も、保険料などを控除されるよりも、少しでも手取りが多いほうがいいという考えを持っているといわれています。
きっかけは微博(Weibo/ウェイボー)?
春節が明けてから、ある宅配企業の複数の配送拠点が人手不足からストップ状態になり、スタッフへの給料の支払いも滞るということが起きました。こうした事態に対し、京東(JD.com)集団のCEO・劉強東氏が2月16日に自身の微博(Weibo/ウェイボー)に「配送拠点の停止状態は、EC業界の高成長の影に隠れていた癌だと言える。ECに従事する90%の人たちが十分な福利厚生のない状態で働いている。配送スタッフや出店者のスタッフの福利厚生を犠牲にしてもたらされているECの表面的な繁栄は止めなければならない。このままでは消費者や社会の利益まで損なうことになる」というコメントを発表したのですが、これをきっかけに宅配業の配送スタッフの福利厚生や待遇の問題にも注目が集まり、ネット上で論争が巻き起こりました。
ネット上での論争へ
阿里巴巴(Alibaba/アリババ)が物流網を構築するために設立した「菜鳥網絡科技有限公司」が同社の微博(Weibo/ウェイボー)に「京東(JD.com)では配送スタッフが京東(JD.com)の評価を上げるために操作をさせられていた。京東(JD.com)では「良かった」という評価の獲得目標値が設定されていて、それに達しない場合にはスタッフが自分で京東(JD.com)で低額の商品をいくつも買って、評価の数が目標に達するように操作することが求められていた。良心がとがめるのでもう京東(JD.com)では働かない」という内容の元・京東(JD.com)スタッフの書いた過去のブログを引用して京東(JD.com)の「黒歴史」を暴き、痛烈な反撃を加えたのでした。劉強東氏のブログの内容は一部の配送スタッフからも反発を招き「福利厚生なんて話は聞いたことがない」とか「京東(JD.com)の商品の半分以上は京東(JD.com)以外の配送業者が運んでいる」といった内容の公開書簡が劉強東氏に送られるなどし、これに対し劉強東氏は「癌だといったのは配送スタッフのことではなく、宅配便業者のことだ」と弁明し、3月3日には劉強東氏が「京東(JD.com)の配送スタッフには福利厚生を完備し、その手取り額は県長(省、直轄市に次ぐ行政単位の長)の収入を上回ることを永遠に保証する」とインタビューに答える形で述べたのです。
彼らはどこへ消えた?労働力の流出
春節前まで宅配便業界で働いていた配送スタッフが帰省したあと、そのまま故郷にい続けたかというとそうではありません。その大部分がまた都市部に戻ってきているのですが、宅配便の現場には戻らず、より楽で条件の良いファストフードやランチなどのフードデリバリーの配送員に転職をしているといわれています。デリバリーサービス業界は今、中国の都市部では急速に発展していて、地域の地図が頭に入っている宅配便のスタッフの経験者は即戦力として良い条件で迎えられます。働く側から見ても、配達する「もの」も宅配便に比べればずっと軽く、届け先が不在の確率も低く、配送センターでの仕分け作業もなく、忙しいのは食事時の限られたピーク時だけ、宅配便の配送に比べるとはるかに楽な労働でより多くの収入が得られるのです。このように春節を挟んで起こったフードデリバリーなどへの労働力の流出によって、中国の「宅配クライシス」は引き起こされたのです。
中国ECの発展のためには
京東(JD.com)のCEOの劉強東氏が、いくら自社の従業員の福利厚生や給与の額を保証するというメッセージを発しても、その恩恵を受けられるのはごく一握りの人だけであるというのが大方の見方で、根本的な問題の解決にはつながらないと冷ややかに受け止められています。世界有数のドローン大国といわれる中国で、将来ドローンによる無人配送が実現する時が来るのかもしれませんが、それまでは「最後の1マイル」を支えるのは配送スタッフであることに変わりはありません。ECと物流とがウインウインの関係になるのが望ましく、今回の騒動をきっかけに、健全とはいえない現状にメスが入り、適正な配送価格の調整とスタッフの待遇改善が行われるのかもしれません。安いコストで商品が届くことが何らかの犠牲で成り立っていると広く認識されるようになり、安価な労働力に頼ってきた中国のECの構造にも変革が求められると、店頭販売モデルが復権し、今後はネットへの誘導ばかりではなく、ネットからリアル店舗への誘導というO2Oへのシフトが加速していくことも予想されます。日本と中国とでほぼ同時期に「宅配クライシス」が起こったことは、もしかしたら偶然ではないのかもしれません。