観光庁のデータから読み解くインバウンドの方向性
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2016年の訪日旅行者数も旅行消費額も中国がトップ
観光庁の発表によると、2016年の訪日外国人旅行者の旅行消費額は前年比7・8%増の3兆7476億円と過去最高を記録しました。国・地域別の旅行消費額を見ると、中国が4・1%増の1兆4754億円で、消費額全体の39.4%を占めています。続いて台湾が0・7%増の5245億円、韓国が18・9%増の3578億円、香港が12・2%増の2947億円となっています。訪日外国人旅行者数は前年比218%増の2403万9千人でこれも過去最高を記録しました。中国からの訪日旅行者数は前年比27.6%増の637万人と全市場で初の600万人台を突破し、中国が2015年に引き続き最大の訪日旅行市場となっています
旅行者数は増加も1人当たりの旅行消費額は18・4%減
中国からの訪日旅行者数の伸びが27.6%であったのに対して旅行消費額の伸びが4・1%増に止まったことからもわかるように、中国人の1人当たりの旅行消費額は2015年と比べて18・4%減の23万1504円に減少しました。これにはいくつか原因が考えられるのですが、2016年4月の[行郵税]と呼ばれる携行品輸入の関税制度の改正による影響が最も大きいと思われます。また、為替レートの変動の影響も小さくはなかったでしょう。2015年6月には1人民元=約20円であったのが、その後円高・人民元安が進行し、2016年8月には1人民元=約15円まで円高が進み、その後も1人民元=約16円近辺で推移したために、日本商品に以前のような割安感が失われてしまったようです。また、北京や上海、広州などの都市部と比較して所得水準が低いとみられる中国の内陸部や地方部からの観光客が増えてきたことなども、一人当たりの消費額の減少の理由として考えられるのではないでしょうか。
行郵税改正と税関検査徹底の効果
2016年4月に「行郵税」が大幅に改正されました。この改正は、越境EC関連の新税収制度の一つで、直送モデルや代理購入(代購)といった税逃れの排除を目的としたものです。2015年をピークとする日本での「爆買い」が中国国内の越境ECの健全な発展に悪影響を与え、中国の国内消費の流出になっていたという問題がその背景にあります。もともと行郵税は中国人海外旅行者の帰国時の手荷物や、海外に居住する友人などから国際郵送される商品については貿易とはみなさず、税負担を軽減するという制度でした。このような商品は本来は個人が自分のために使用する商品であって、それを転売して利益を得るということは想定されていないというのがその理由です。税関としても一つ一つ手荷物検査や開封検査をして、その物品が何かをいちいち調べて課税をするというのでは効率が悪すぎるので、厳格な検査が実施されてきませんでした。その結果、税関検査の目を逃れ、課税を免れてしまうケースも多くあったようです。そのような税関の検査態勢の不備を逆手にとって、転売目的で大量の商品を行郵税の負担だけ済ますか、あわよくば非課税で輸入しようとする業者が激増してしまい、真面目に正規のルートで輸入関税、増値税及び消費税を納税して輸入する業者との間に不均衡、不公平が生じるという異常な事態を招いていました。今回、行郵税の改正とともに、これまでは比較的緩やかだった税関での持ち込み荷物の開封検査も徹底されるようになってきています。これが中国人の日本での1人当たりの旅行消費額の減少に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。そのことは、日本の百貨店業界の免税品の売り上げが、2016年3月までは連続38カ月増加が続いていたのが、「行郵税」の改正が行われた4月にはマイナスに転じたことに如実にあらわれています。
2017年はビジョンが形になる1年
日本政府は2016年3月末に、「明日の日本を支える観光ビジョン」を発表し、これまで2020年に2000万人としていた訪日外国人観光客数の目標を4000万人へと大幅に前倒ししました。旅行消費額も2020年に4兆円を目標値としていたところを、その2倍にあたる8兆円に見直しています。この前倒しされた目標を実現するために、2017年を「明日の日本を支える観光ビジョン」が形になる1年と位置づけています。2017年の通常国会で「民泊に関する新法法案」が提出される見込みです。また「通訳案内士法及び旅行業法の改正法案」の提出も予定されています、これには違法ガイドや違法業者の取り締まりに加え、地域経済の振興に結びつく着地型観光を活性化させる狙いがあります。また、観光庁では通訳案内士の情報発信のプラットホームとなる、通訳案内士登録情報システムの導入に向けて作業を進めています。
大きなマーケットは拡大しながら質の転換
中国からの旅行者数は引き続き増加が見込まれています。中国人の富裕層や個人旅行者の間では、物欲を満たす「モノ消費」からグルメ、美容、芸術鑑賞、スポーツ、医療、健康といった体験を重視する「コト消費」への急速な変化があると言われています。また、個人旅行(FIT)の増加も進んでいます。訪日中国人旅行者のうちFIT比率は2014年の38%から2015年の57%へ、そして、2016年上半期には63%まで上昇し、2017年もこの増加傾向は続いていくでしょう。訪問先もゴールデンルート偏重から地方観光ルートへのシフトが見られ、地方に行くほど体験目的の旅行者が多くなるのと同時に地域性の高い、その地域でしか手に入らない商品を好む傾向が見られます。2017年は農漁村のブランド化にも注目が集まり、「農泊」「漁泊」がブームになるかもしれません。現在、多くの中国人旅行者がスマートフォン経由で情報を収集しているにも関わらず、日本国内の旅行・レジャー、飲食関連サイトの多言語化率は1%に満たない状況があり、政府は中小事業者ウェブサイトの約半分(約76万件)の多言語化方針を打ち出しています。「 知ってもらう」ことや「楽しんでもらう」ことがこれまで以上に重要になってくるでしょう。中国人旅行者の消費行動には、これまでとは違って、良質な商品やサービスをしっかりと見極め、納得した上でお金を使おうとする変化が現れてきています。中国人旅行者の意識や行動には変化が見られますが、巨大なマーケットであり続けることに変わりはなく、今後は、中国人旅行者の関心がどこにあるのか?ということと中国・日本の両国政府の政策の重点がどこにあるのかをキャッチしながら変化に即応していくことが求められるのではないでしょうか。