「データ資源」をめぐる中国と米国の攻防
2018年1月14日、日本経済新聞が「大きな消費市場と巨大なネット企業を抱える中国と米国が、データ資源で優位を築く覇権争いを繰り広げている」と報じました。データ資源をめぐる中国と米国の動きにスポットをあててみました。
目次
「データ資源」は経済活動の基礎となる宝の山
経済のデジタル化が進むなかで、データは消費者の嗜好分析やマクロ予測まで経済活動の基礎となる宝の山であり、その質と量が競争力を左右します。そこで、インターネット上の閲覧や買い物の履歴など「データ資源」をめぐり、中国と米国が激しい攻防を繰り広げているのです。
米国はグーグルなどネットの巨人5社が世界中で日々、膨大なデータを蓄積する一方、14億人の巨大市場を抱える中国では、5億人が使うスマホ決済のアリペイは毎秒2千件もの決済情報をサーバーに蓄積しています。
2016年の世界のデータ生成量は16兆ギガバイトであったのが、2025年には163兆ギガバイトとなり、2016年の10倍に膨らむとされています。アリババの馬雲会長は「膨大なデータは現代の石油になる」と語っており、データを集めれば、それだけAIの性能も高められるのです。政権の安定へ向けて、ネット統制を正当化する中国に対し、データの門戸を開くのか否か、主要国は難しい選択を迫られています。
データ資源豊富な中国と米国の現状
中国は人口が14億人という巨大市場にあって、スマホ決済やシェアサービスが急速に普及しています。中国政府は、ネットに対する管理・統制は「国家主権の問題」としており、最新技術を用いて国民の監視と言論統制を行い、さらには、外資による個人情報の扱いを制限する「サイバーセキュリティ法」を施行しました。
またそれに対して米国は、グーグルやフェイスブック、アマゾンなどネット大手がデータを蓄積しており、中国企業による米国企業の買収を阻止する動きと同時に、個人情報が海外企業に渡るのを防ぐ法改正を検討しています。
アリババが米マネーグラム社買収計画を断念
中国のネット通販最大手、アリババ集団傘下のアント・フィナンシャルは、電子決済サービス「支付宝(アリペイ)」との相乗効果を狙い、国際送金大手の米マネーグラム社(世界200ヶ国35万拠点で送金サービスを提供)を約12億ドル(約1,330億円)で買収する計画でしたが、1月2日に「マネーグラム社の買収を断念する」と発表しました。
その背景には、中国の個人情報管理の問題があったのです。外資による企業買収を安全保障上の観点から審査する対米外国投資委員会(CFIUS)が待ったをかけました。米国人の資産や送金情報などマネーグラム社の個人データ流出を懸念したのです。
中国のずさんな個人情報管理が露見
米国では、中国の個人情報の扱いに信頼性がないとして「中国企業による買収阻止は当然」との見方が多く、これに対して中国国営新華社通信は「CFIUSの審査はブラックボックスだ」と批判し、「中国企業を過度に警戒する過敏症を改めるべきだ」とけん制しました。
ところがその直後、中国でアント・フィナンシャルのずさんな個人情報管理が露見しました。アリペイの利用者が2017年の利用履歴を閲覧すると、ほぼ自動的に「個人情報を第三者に提供する」との条項に同意したことになる仕組みが発覚したのです。アント・フィナンシャルは謝罪してシステムを変更しましたが、米国の「中国の情報管理への懸念」が過敏症でないことを浮き彫りにしたのです。この一連の動きは、データ資源をめぐる米中の攻防を象徴するものでした。
米国の主張と法改正案
米国がデータ資源の取り扱いで中国を危惧する大きな理由は、ネットに対する管理・統制を「国家主権の問題」として正当化していることです。チャットの会話内容や移動の履歴も含めた個人のデータを国民監視や治安維持の道具にも使っていると指摘しています。
中国は2017年6月に「サイバーセキュリティ法」を施行し、外資による中国内のデータの持ち出しを厳しく制限しました。そして各国に批判されても、国家の安全を優先する姿勢を崩しません。米アップルが中国のクラウド事業を地元企業に移管すると発表するなど、外国勢が対応に苦慮しているのが実情で、さらには、中国の広域経済圏構想「一帯一路」で経済支援する東南アジアやアフリカ諸国を中心に、中国発のネット統制が世界に拡散する恐れも強まっています。
そこで、米議会の超党派議員は2017年11月に、CFIUSの機能を強化する改正案を議会に提出しました。主題は個人情報や遺伝子情報など米国市民に関する「センシティブ情報」が、外国政府や外国企業に渡らないよう厳格に審査するルールです。CFIUSの従来の審査対象は、軍事や半導体など安全保障に直結する案件が中心でしたが、法案が原案通り成立すれば、米国民の個人データを持つ企業の買収は厳しく審査される可能性が高まります。
また、米下院公聴会では「中国政府の経営関与を疑われる中国企業が、AIやビッグデータなど先端分野の技術や情報を持つ米企業を続々と買収している」とCFIUSに関わった元政府高官が危機感を示しており、この法案は事実上、中国企業の買収阻止を狙ったものであることは明白です。
欧州連合(EU)と日本の動き
個人情報保護に厳しい欧州連合(EU)も2018年5月に、EU域外へのデータ移転を厳しく制限する「一般データ保護規則(GDPR)」を全面的に施行する予定です。欧州の制度は情報の流通をただ制限するだけではなく、十分な保護水準がある国や地域は、個別に許可をとらなくても個人情報の域外移転ができる仕組みも併せて備えており、データという資源を保護する一方で、ビジネスへの活用との両立を図る狙いがあります。
非データ資源国である日本は、2018年春にEUとの間で、EU並みの保護水準を確保して日欧間でデータを移転しやすくする新たな枠組みで合意する見通しです。また日本は、アジア太平洋経済協力会議(APEC)が定めた個人情報の越境移転ルールに、米国、カナダ、メキシコ、韓国とともに加わり中国にも採用を求めています。
世界経済の発展にはデータ資源を各国・地域で共有することが欠かせません。しかし中国は安全保障や人権を大義名分に自国で囲い込もうとしています。ネット上の言論統制や国民監視など、民主主義とは相反する動きを強める中国に、このままデータの取得と囲い込みを許すのか否か、主要各国には難しい判断が求められところです。
情報参照元:
2018/01/14 日本経済新聞 朝刊
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