観光立国日本を支える「学生観光論文」
昨年政府は、観光立国の実現に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、平成29年度からの新たな「観光立国推進基本計画」を閣議決定して、「世界が訪れたくなる日本」への飛躍を図るため、本計画を着実に実施していくとされています。この影には若い学生たちの論文による提言も寄与しているようです。
目次
観光立国推進基本計画
観光施策の基本方針や目標を定める「観光立国推進基本計画」は、2007年に観光基本法を全面的に改正して5ヶ年計画として成立しました。その後、2012年3月の改訂後には政権交代があるなど、観光施策をめぐる状況も大きく変化してきました。そして、2017年3月28日に新たな基本計画が閣議決定されました。観光立国推進基本計画の詳細は国土交通省のホームページで公開されています。( http://www.mlit.go.jp/common/001177992.pdf 合計76ページ)
現計画期間は4年間
従来の計画は5年間の計画期間としていましたが、観光ビジョンの目標年次や2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催を踏まえ、平成32年度(2020年度)までを新たな計画の計画期間としています。
施策は
以下の4つの柱の下、目標達成に向けた細かな施策を提示しています。(詳細は前記PDFをご覧ください)
1) 国際競争力の高い魅力ある観光地域の形成
2) 観光産業の国際競争力の強化及び観光の振興に寄与する人材の育成
3) 国際観光の振興
4) 観光旅行の促進のための環境の整備
政策を支援する学生観光論文
「観光立国推進基本計画」は2007年より施行されていますが、2011年より「学生観光論文コンテスト」が開催されています。
目的将来の観光産業のリーダーとなる若者の育成を通じて、日本政府ならびに観光庁の観光政策をサポートすることにより日本を明るく元気にする一助とするべく本コンテストを実施する テーマテーマは下記の3つの中から1つを選択 A) 世界が訪れたくなる観光立国ニッポンを目指して、私の提案 B) 自然や文化を活かした魅力ある地域づくり~ナショナル・トラスト活動でできること、私 賞最優秀賞1編には賞金50万円 応募資格日本国内の大学・短大・専門学校に在籍する学生(学部・専攻、個人・グループは問いません) *但し、大学院生は対象外 |
テーマA「世界が訪れたくなる観光立国、日本を目指して、私の提案」の受賞作品
3つのテーマのうちテーマA「世界が訪れたくなる観光立国、日本を目指して、私の提案」について受賞作品をまとめてみました。
開催 | 受賞作品 | 出典 |
2011年度 第1回 |
優秀賞「街並み保存における観光地化の妥当性と日本ナショナルトラストの役割―兵庫県朝来市竹田城跡および城下町を例に―」 | 立命館大学 経済学部 |
2012年度 第2回 |
最優秀賞「観光情報提供のありかた『設備としてのWi-Fiと情報の質としてのCouchsurfing』」 | 学習院大学 法学部 |
2013年度 第3回 |
最優秀賞「鉄道ネットワークを生かした、地方地域の発展に導くための『鉄道観光モデル』の提案」 | 桜美林大学 リベラルアーツ学群 |
2014年度 第4回 |
優秀賞「日本観光立国化に向けた新たな旅館像の提言 ~独自調査から見えた外国人旅行客誘致課題の解決を通して~」 | 立教大学 経済学部 |
2015年度 第5回 |
受賞なし(以下はファイナリスト) | |
「世界の外国人留学生は見た!~外国人留学生の視点から見た新観光地の可能性~」 | 成城大学 社会イノベーション学部 | |
「ポイント制度を利用したBIGDATAによる訪日外客獲得戦略~日本滞在を豊かにする新たなシステム~」 | 慶應義塾大学 経済学部 | |
「『SASURAIJAPAN』~外国人観光客による、日本の魅力発信の提案~」 | 産業能率大学 経営学部 | |
2016年度 第6回 |
最優秀賞「日本の観光立国化に向けた地方観光推進プラン」 | 早稲田大学 商学部 |
優秀賞「日本の『おもてなし』観光政策-乳幼児連れ観光客に優しい国を目指して-」 | 拓殖大学 政経学 | |
2017年度 第7回 |
審査委員特別賞「アニメ聖地巡礼を活性化させるためのモデルプランの提案」 | 同志社大学 商学部 |
以上の様に、論文の題目を見ただけでも、若い世代がいかに感性に優れており、的を射ているかが覗えます。
日本観光立国化に向けた新たな旅館像の提言
前記の論文より2014年度第4回の優秀賞「日本観光立国化に向けた新たな旅館像の提言~独自調査から見えた外国人旅行客誘致課題の解決を通して~」を、かいつまんで紹介します。
(原文:http://www.jec-jp.org/image/2015_03_yushu_1.pdf )
鋭い指摘
まずは「我が国の観光産業に震災復興の兆しが見えた」としてJNTOの資料をもとに、「訪日外国人旅行者数が先進国各国と比較すると、決して高い水準にあるとは言えない」としています。
2013年のデータでは世界27位、アジア各国の中でも8位となり、世界1位のフランスの12.5%、アジア1位の中国の18.6%、我が国と国土面積の近いドイツ(35.7万㎢、日本は37.8万㎢)の32.9%ほどに留まる。我が国もこれらの国々に劣らぬ豊かな観光資源を数多く有しているにも関わらず、なぜこれほどの差がついてしまったのか。
原因としては地理的要因や言語の壁等、様々なものが考えられる。しかし我々はここで我が国のホテル業界、とりわけ日本式旅館に興味を持った。なぜなら日本式旅館は海外文化と日本文化の交流を果たす上で重要な場であるにも関わらず、ホテル業界のグローバルスタンダードから大きく外れた現状が存在する為である。 |
(ちなみに2016年では、日本は24032(千人)世界で16位、アジアで6位)
その事を痛感したのは、旅館「澤の屋」への取材を行った時である。家族経営の小規模旅館ながら、外国人旅行客にとって快適な設備・環境を整備しており、それでいて日本式旅館の持つ独特の情緒にあふれていた。その魅力から海外から連日多くの人が宿泊に訪れると言う。経営者である澤功氏の創意工夫に富む環境づくりには、今後の日本式旅館における異文化交流を進める上で重要な問題提起が為されていた様に感じた。 |
いかにも鋭い視点であり、「日本らしさ」が重要であること、すなわち外国人観光客が求めているのは「情緒あふれる日本らしさ」なのだと分からせています。
構成
第1章「外国人旅行客誘致に関する旅館の現状調査概要」
第2章「調査結果にみる日本式旅館の現状の課題」 第1節 人材面の課題について 第2節 設備・サービス面の課題について 第3節 広告・宣伝面の課題について 第3章「課題に基づいた考察および解決策の提案」 |
第1章で独自に日本の旅館に対してアンケートを実施して分析を行い、第2章でアンケート分析結果を用いて各旅館の持つ課題意識について明らかにしています。そして第3章で「人材面」「設備・サービス面」「宣伝・広告面」の3つの視点より分析した結果から浮かび上がった課題をもとに、以下のような「外国人旅行客誘致に伴い、日本旅館が積極的に取り組むべき解決策」を提示しています。
1.人材面~細かな「おもてなし」とコミュニケーション~
(1) 従業員の接客経験の共有による人材育成 (2) 旅行客へのアンケートによるサービス品質の向上 (3) 語学力のあるスタッフの外部からの補強 ・既に語学力のある人材の短期雇用 ・地域の緊急サポートセンターの設置 (4) 言語の壁を旅館の創意工夫で乗り切る (5) 言語の問題に対しては(3)(4)両案の考え方 2.設備・サービス面~高度情報化社会と世界標準への対応~ (1) WiFiの導入 (2) 外国語表記の案内板の設置 (3) ギャランティリザベーションの導入 (4) 設備・サービスの細かな情報発信 3.宣伝・広告面~ニーズを把握しローカルな情報をグローバルに発信~ (1) 口コミサイトの活用 (2) 地域の観光案内サイトの活用 (3) 観光案内所の活用 |
以上の個々の内容は事細かで具体的な提案がなされています。
まとめ
我が国は先進諸国に比較すると訪日外国人旅行者数は少ないのが現状である。このような状況下でも、日本式旅館が外国人旅行者にとって魅力的な存在になれば、我が国の観光立国化の大きな推進力を得られると我々は考えている。実際に我々が行った調査では、設備サービスや広告宣伝、人材面における問題が見つかっており、これらの存在が旅館業の外国人旅行客誘致を阻害していると推測される。この問題に対して、我々が提案した複数の解決策は、それぞれでの有用性はもとより、併せて考えることで外国人旅行客誘致において大きな意味を持つと確信している。 |
以上は2014年時点でのものであり、2013年の外国人訪問者数(先のグラフ)では日本は世界で27位であったのが2016年には16位に上昇しており、この提案が少なからずも生かされていること間違いありません。
注目すべき「政策への貢献」
2014年度第4回の優秀賞作品を例にあげて紹介しましたが、注目すべき点は、2016年度第6回の最優秀賞作品なども同様に数々の作品が「分析と具体的な提案」を行っており、本来ならば国(政府)が行うべき調査・分析・改善策の策定が学生の論文によってもたらされており、政府の観光立国推進基本計画の策定・運用において、貴重な情報として寄与していることは間違いありません。
先に述べた「学生観光論文コンテスト」開催の骨子を再度確認いただきたいのですが、目的として「将来の観光産業のリーダーとなる若者の育成」としながらも「日本政府ならびに観光庁の観光政策をサポートする」ことをうたっています。その割には賞金が少なすぎるのではないのかというのが筆者の感想なのですが、皆様はどう思われたでしょうか。
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